みどりもふかき
この文章は、祖母が教会の文集に載せるために書かれたものです。
祖母の話を元に、三年ほど前に私が書きました。
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一月四日。良く晴れた朝だった。あなたは午前六時半に目を覚ました。
「飲むヨーグルトをくれないか」
小瓶の中身を飲み干すと、口をゆすいで歯を磨き、いつものように私とのお喋りを始めた。
「289番の賛美歌が、僕はとても好きだ」
話の中であなたはこんなことを言っていた。
289番の賛美歌。『みどりもふかき』のことだ。
二番の歌詞の「その衣にはかざりもなく」とは、イエス・キリストの生まれたままの姿を表す。どんなに貧しかろうと、周囲への感謝を忘れてはいけないという信条を持つあなたが愛し続けた歌詞であった。
賛美歌を口ずさみながら、二人が始めて出会った頃の学生時代に思いを馳せた。そこから小さな礼拝が始まった。聖書をともに読み、家族のことと、今自分が生きているということに感謝する、という内容のお祈りを捧げた。
八時になるとおみおつけ、おかゆ、お豆腐の煮物という質素な朝食をいただいた。あなたは満足そうに完食した。
それから、お医者様がいらっしゃった。血圧などを測りながらお天気の話などをしているうちに、二人の若い看護士さんがやってきた。いつものベテランの方とは違うが、若く明るい元気な方々だった。あなたはその看護士さんたちに何かして欲しいことを問われ、少し考えた後、清拭のみをお願いした。
すると、彼女たちはあなた以外の人間に、病室の外へ出るように伝えてきた。
今までは清拭の際に、私まで外へ出されることはなかったのだが、あまりにも溌剌とした看護士さんたちの笑顔に押され、私はドアの外で待つことにした。
病室の外で、看護士長さんとお話をしていた時だった。
突然病室の扉が開くやいなや、一人の看護士さんが飛び出していった。何が起きたのだろうか。私は急いで病室に駆け込んだ。
「どうしたのですか!?」
「〇〇さんが息をしていないのです」
そこには、今まで見たこともない幸せな表情をしたあなたが、看護士さんの腕の中で眠っていた。
「パパ?」
呼びかけても、返事は返ってこなかった。
すぐにお医者様、看護師長さんがいらっしゃった。そして、大至急身内を呼ぶように、と私に伝えた。私は震える手で、一生懸命に息子たちをはじめとした身内に電話をかけ続けた。
しかし、誰もすぐには出てくれなかった。それもそのはず、その日はちょうどお正月明け、仕事始めの日であった。
結局、一番初めに駆けつけてくださったのは牧師さまで、身内皆が集合したのはお昼の十二時であった。
「ご臨終です」
電話をすることに躍起になっていた私は、最愛の人の手を握りながら別れと感謝を告げることもできなかったのだ。
生前の十二月十五日に、牧師さまにあなたはこんなことを言っていた。
「こんなことはないとは思うが、僕がもし死んだら一日でも早く荼毘にふして頂きたいのです。密葬にして、告別式などはいりませんから」
牧師さまは、すべてその通りに叶えてくださった。
あなたのお母様である菫さんは、自分の夫、つまり私の姑が亡くなった時にはこうおっしゃっていた。
「エホバ与え、エホバとりたもう」。
つまり、神様のなさることなのだから仕方がない、私たちにはどうすることもできない、ということだ。
私は、聖書のイエスの死の章より、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という言葉が頭に浮かんだ。菫さんのような心境になることが出来ないのだ。ひとえに自らの信仰のなさ、人間としての未熟さが身に染みるばかりだった。
あなたは私に、自分が入院している時でさえ、「僕を優先してください」などとは言わなかった。「日々の生活を僕のために放り出すのではなく、きちんとやるべきことを終えてから病院に来てください」と言っていた。いかにも自立したあなたらしい言葉だ。
だから私は今日も祈る。しかし、少し前までは隣に座っていたはずのあなたがいない。教会での礼拝が、実はとても辛い自分だけがいる。こんなことではあなたから、きっと叱られてしまうだろう。
私は今も、そんな思いから一歩も前に進めていない。
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こんな感じです。
感想も、また改めて。
おやすみなさい